情報発信

自分の人生の主役は自分でいい。ジコチューでいい。


昨日は僕のコミュニテイーに参加してくれている高村友也さんと夜に音声コンサルを行いました。

現状の課題や今後の方向性、またそれらに対するアクションなど、ざっくばらんに話をしながら日付をまたいだわけですが、彼と出会ったのがちょうど1年前くらい。

 

セミナーの懇親会でハイボールを飲みながら話をして、あまりにハキハキした気持ちの良い感じを逆に胡散臭いと思ったあの日(笑)

 

あれからもう1年も経ったんだなという気持ちと、まだ1年しか経ってないの?という気持ちとが入り混じって、なんだかしみじみとした気持ちになりました。

 

やらされる仕事がなくなってから、本当に時間が早い。

 

ちなみに高村さんはバスケ、僕は野球とそれぞれスポーツと共に青春時代を過ごしたわけですが、今では考えられないようなレベルで余裕でパワハラがまかり通っていた時代です。

というか監督に〇られるのが普通だっただけに未だに最近の報道がしっくりこないことも…。

 

まあそれはさておき

僕は小学生の頃から野球をしていたわけですが、置かれた環境が少し特殊でした。

 

小学校のときは1つ上の学年が1人しかおらず、中学校のときにはなんと0人という環境。

ほとんどの試合に出られるので今思えば非常に恵まれていましたね 笑

 

特に小学生のときはお山の大将全開だったので

守備位置はピッチャーかショート
打順は基本的に三番か四番

 

チームが大して強くなかったから別に自慢できるものではないのですが、幼い僕にとってはそれが当たり前だった。

だから脇役的なポジションで出場することが嫌で。

 

中学生になって9番セカンドだったときとか、高校生になって7番ファーストだったときとか、正直気持ちが全然乗らなかったことを覚えています。

 

父親はいつも

「打順は関係ない」
「自分ができることをやるだけだ」

と言っていたけど、それを聞きながら僕は内心

「正論で片付くなら苦労しねえよ」

としか思えませんでした。

 

今ならその言葉の意味もわかるけど、プロでも高校でも大学でも、かつてチームの中心選手だった選手が精神的に弱いことは珍しくありません。

中心にいるという自負が自分に与える影響って大きいんだろうな…。

 

これは野球に限らない共通項だと思う。

 

実際に甲子園をテレビで観たり札幌の球場に観戦に行ったりすると、背番号が2桁の選手や下位打線のバッターが活躍している、そんな場面は普通にある。

だから今では、あの自分のプライドは何だったんだろう?と普通に思います。

 

ただ当時の僕にとってはそんなジコチューな気持ちこそが原動力で、どこまでも力がみなぎる大切な要素でした。

努力する動機としてはそれが大きかったし、頑張れば主役になれるということも知れた。

 

でも社会人になってからはそうはいかなくて、基本的には会社の一員として。

またあるときは誰かの交代要員として。

 

どこかで張り合いのなさや退屈を感じながらもそうやって自分のエゴを押し殺すしかなかったし、それが大人になるということなんだと思っていました。

 

だから親戚と集まってご飯を食べながら「このまま脇役で生きていくのが普通なんだろうね」と話したとき、美容師として起業していた従兄弟から

 

「まあそれも普通と言えば普通なんだろうけど若いのになんかもったいないね(笑)

自分で何かやってみればいいじゃん?」

 

なんて言われたときには殻をぶち壊されたような気がして嬉しい反面、まったく素直に受け入れられませんでした。

 

いやいや、「主役になりたいから」って、そんな気持ちで独立って人生舐め過ぎだろう!

さすがに俺はそこまで無謀じゃない!

といった具合に 笑

 

でも大人たちが口々に「20代のうちはやりたいことをやった方がイイ」と言っていたのもあってか、今なにかやらないと後悔するんじゃないか?とかこのままあと40年働くのはやっぱり嫌だ!とか、そんな風なことを思う時間が増えました。

 

もっとストレートな欲求を言うと

起業家として自信満々にいられたらその方が圧倒的にモテるんじゃないかとか 笑

 

・会社を辞めて独立したい
・上司の評価を気にするのは嫌だ
・一度きりの人生、何かやりたい

 

全然明確ではなかったものの「自分の人生の主役でいたい」という想いは中心にあったし、その気持ちに突き動かされたこも多い。

 

「自分が主役でいたい」なんて言い出すと、そんな自己中心的な思考ではダメだとか自分を殺してでも会社に貢献するのが美徳だとか、そういった意見をぶつけられるかもしれません。

 

ただ、僕もそうだし高村さんもそうだと思うけど

「自分の人生の主役でありたい」
「他人に何もかも決められる路線は嫌だ」

といった想いが活動の原動力になったことって間違いないんです。

 

ただ生活のために仕事をする。

そんな働き方だけが仕事の意義ではなくなってきた時代に、自分の想いにストレートに生きるのは大いにアリなんじゃないでしょうか?

 

それこそひと昔前では「ピッチャー」や「四番」が注目されて、どうしても花形だけが主役として見られがちでした。

そのどちらも担うことができる大谷翔平は本当に神懸かっていると思いますが、各々のポジションで存在感を示す選手は確実に増えています。

 

どんどん玄人好みな話になっていくので固有名詞を並べる事は避けますが

(西武の源田といっても多分わからない人の方が多いw)

ずば抜けた才能を持つ一握りの人間だけが輝ける、そんな時代ではもうないです。

 

一部のエリートや特別なスキルを持つ芸能人だけが主役として名を馳せるようなこともない。

 

だからこそ、自分が主役になれる道をしっかりと用意してあげてその上を全力で一生懸命に走る。

 

そういうことにフォーカスしていけば自ずと人生は幸福度を増すんだと思いますし、むしろそうしない限り主導権は戻ってこないんじゃないかなと。

 

主役になりたいから頑張ります!なんて言ったらバカにされるかもしれません。

大声で指をさして笑われるかもしれない。

 

でも、そういう本音の部分をむき出しにすることで力が出るし、少なくとも自分を殺して世間的な美徳のために生きるよりは遥かに満たされている今が実感としてあります。

 

・夏の高校野球は毎日球場に観に行きたい
・満員電車もスーツも着たくない
・好きな人たちとだけ一緒にいたい
・好きなときに実家に帰りたい
・将来的に子どもの行事には全部出たい
・誰かに必要とされる自分でありたい

 

こういう願望をすべて満たすためにはネットビジネス以外になくて、更に言うとどう考えても情報発信ビジネスが最適でした。

 

甲子園では優勝チーム以外もちゃんとドラマを生み出せるように

スラムダンクでは桜木花道以外でも余裕でSTORYが描けるように

 

一番じゃなくても主役になれる場所は確実に存在します。

それこそ、オンリーワンを確立した人間は強い。

 

他の誰のものでもないあなたの人生を、ぜひ。

 

その唯一の道をどうすれば歩くことができるのか?

それを真剣に考えることが、一番大切なことなんだと思います。