プロフィール

希望へ歩き出す男

プロ野球選手になりたい!という夢が断たれ、本格的に「やりたいこと」を失った高3の夏から4年。

僕はそれ以来初めて本気で「やりたい」と思えた、アパレル販売員という職業に就きました。

幼い頃から野球一筋で打ち込んできたからファッションには疎く、「オシャレ」なんて言葉とは正反対の位置にいた自分が、そこに挑戦することを決めたのは単に「知らない世界」への憧れだったようにも思う。

今月の給料で何を買うか考えることが楽しみだった当時、ファッションはわからないから、雑誌のコーディネートをただただ真似てみたり。親身になってくれる店員さんと話す時間はすごく刺激的で、自分もそちら側に立ちたいと思うまでにさほど時間はかかりませんでした。

ようやく見つけた「やりたい仕事」。もちろんすべてが一筋縄ではいかなかったものの、23歳で百貨店インポートブランドの店長となり、数年後には外資系の大手ブランドへ転職。

本当に貴重な経験をさせてもらったし、この職種の成功ルートに乗ったかのように錯覚したことは否定しませんが、現実はそんなに甘くなくて。アラサーと呼ばれる年齢に差し掛かり、30歳を意識した頃、アパレル販売員の宿命とも言える問題に直面します。

こんなギリギリの生活を続けていって、大切な人を守れるのだろうか?

年齢的に結婚や出産のお祝い事が増えるなか、そういうおめでたいイベントでの出費が直撃した月はマイナスで、部下に背中を見せなきゃと飲みの席で奢った翌日には財布をみて何とも言えない気持ちになる。

この先に幸せはあるのかを疑問に感じた瞬間、それまで自分を保っていてくれたはずの肩書きが、途端にちっぽけなモノに形を変えました。「店長」「マネージャー」、いくら役職がついて位が上がったように思えても、経済的な問題の抜け道は一向に見えない。

「肩書きは守ってくれない」と気付きながら、その事実に懸命に蓋をしていた秋頃、僕は思わぬ大ケガを負ってしまうことになります。

 

危機感と絶望感にまみれた秋の日

危機感と絶望感にまみれた人

当時、趣味で続けていた野球の試合中に右腕を骨折し、店頭での接客はおろか、裏のストック作業すらも手伝うことが出来ない状況に。

「趣味で怪我して仕事に出れないとか終わってるよな」

いつの日か、他人事だと思って聞いていた誰かの言葉が、まさか自分に向けられる日が来るとは思ってもいませんでした。

無一文にならないよう、2ヶ月ほど「休業」という形で上手に処理してくれたことには未だに感謝していますが、秋の寒空の下「働けない」という状況は、そのとき必死に蓋をしていた危機感を強く、強く煽りました。

腕を吊った状態でまともに動くことすらできない自分を鏡で見ては、激しい自己嫌悪に襲われ、「このままじゃヤバイ」と頭では理解しながらも、何をしたら良いかという具体策は何も持っていない。

気晴らしに身内に頼んで、当時流行っていた「24(トゥエンティ―フォー)」をTSUTAYAで借りてもらい一気見しようと試みるも、「ジャックバウアーが銃を構えている」くらいのストーリーしか頭には入ってきません。

いよいよ居たたまれなくなった僕は、職場への復帰が近付いてきたある日、初めてAmazonを利用して本を3冊買います。「起業の心得」「社長になるために」のようなタイトルだったはずですが、正直、内容もなにも覚えていません。

ただその中に紛れ込んだ「輸出ビジネス」に関する1冊。この本との出会いを機に、僕の人生は大きく動き出します。

 

同世代が起業して悠々自適な生活?

起業した人の影

最初から「輸出で稼ぐ」という内容に興味があったわけではなく、この本に書かれていたノウハウでは一銭の収益すら上げることは出来ませんでした。当時の僕には、ちょっとばかり高度だったようにも感じます。

ただ、その内容も語れるほど覚えていないこの1冊も、きっかけとしては十分でした。「こんな世界があるのか!」と気付けたことがすべて。

それまでにも副業を考えなかったわけではないですが、深夜のコンビニでのレジ打ちや日雇いのアルバイトしか選択肢として持っていなかったため踏み込めず、「ネットを使って収益を得る」なんて、それこそ目から鱗でした。

そこから「ネットで稼ぐ」ことを検索し始めたのはごく自然な流れで、個人でもそのようなビジネスで生計を立てている人の存在を僕は初めて知りました。「個人 ネット 稼ぐ」といったような、今考えると決して上手とは言えないキーワードの選定でも、インターネットは答えをくれた。

しかも、20代後半から30代といった、自分と同世代の人たちがたくさん活躍していて、普通に自分の年収の何倍もの収益を得ている人もいる…。

「自由な生活を」「個人で生きていくのは最高だ!」月収50万円ですら信じられなかった僕は、月収100万円なんて人たちは全員が黒い世界に手を染めているとしか考えられなかったけど、調べれば調べるほどにネットビジネスで人生を逆転し自由な暮らしを送っている人がたくさん出てきたんです。

人の成功を素直に受け入れられるほどの精神的余裕は持ち併せていなかった当時の僕ですが、ようやく差し込んだ一筋の希望の光。それを簡単に見て見ぬフリをすることは到底できず、真剣に副業として個人でビジネスに取り組むことを決意します。

不思議なことに、彼らのように独立したい!なんて願望はそのときには浮かんでこなかったけど、もし仮にそんな世界がリアルなら、ひと月に3万円でいいから増やしたい。ただそう思いました。

 

希望の光をかき消すほどの疲弊

迷路に迷い込んだ男

きっかけが輸出ビジネスの本だったこともあり、僕が始めた副業は「物販」でした。輸出は難易度が高いと判断したため国内転売、いわゆるせどりと呼ばれる手法に着手することに。

調べれば調べるほど即金性・再現性ともにピカ一のビジネスだと思えたし、とにかく「すぐにお金を増やしたい」状況にある自分のような人は絶対にゼロにはならない。そう考えると、とてつもなく価値が高いスキルのように思えたからです。

また、慣れないながらに登録してみたメルマガで「初心者はまず物販をやっておけば間違いない」とあったのも、僕の背中を押してくれました。今思えば疑問点は多々あったようにも感じますが(笑)、ただただ自分を納得させる要素があれば十分だったのだと思います。

そこからは破竹の勢いで快進撃を続け、3カ月後には月収が100万円に!

・・なんていう素敵なエピソードは僕は持ち併せておらず、当時の月給の2倍ほどの大金を支払って参加した塾で早速つまづくことになります。

早番の日の夜、遅番の日の朝、ありったけの時間を仕入のためのリサーチに費やすも、販売以前に仕入対象を見つけることすら出来ない日々が続き、そんな状況が2ヶ月ほどになろうとしていた頃には心身共に疲弊。

一方で別の塾生から挙がってくる「本日見込み利益10万円でした!」などという昨晩の成果報告は、ボディーブローのように僕を追い込んできました。

「なんか、思ってたのと違う…」

個人で行うビジネスで何の成功体験もしたことがない、そんな僕の心が折れるまでに、さほど時間はかかりませんでした。

 

勇気だけで掴んだ成功の二軸

勇気をもって飛び込んだ人

「初心者でも稼げるとか嘘じゃねえか!」

自分なりに努力した2ヶ月を経ても何の結果も得られなかった僕は、典型的な脱落者の思考で自分を守ろうとします。それこそ全てを他責にしようとしたし、そもそも幻想の世界だったと片付けようとも考えました。

でも、せっかく掴んだこのきっかけを簡単に捨てることは、どうしても出来ず…。往生際が悪いとしか言いようがないけれど、このときばかりはそれで正解だった。

僕よりも一足先に物販ビジネスをスタートして脱サラを果たした人(塾の先輩と言うとわかりやすいでしょうか)に勇気を出して連絡してみたんです。

直接のやりとりはまったくない状態だけど、そんな中でもどうにか踏みとどまるための指針が欲しくて。どんな文面を送ったら失礼にならないかを1日中ずっと考えた挙句、仕事が終わった後の、暗く蒸し暑い車内で心臓をバクバクさせながらFacebookからのメッセージ(笑)

早過ぎる段階ではありながら十分に行き詰まっていた僕は、これでダメだったら諦めようというくらいの、相手にとっては重すぎる覚悟を持っていた気がします。

特に気の利いたことは言えなかったものの、彼は「僕で良ければ!」と快く返事をくれて、その「リアル」な話を聞かせてもらえることになったわけですが、ここで転機になったPOINTが2つ。

「基準値の認識」「半信半疑との決別」がそこにはありました。

頑張っているつもりだった自分なりの努力では圧倒的に量が足りていないことを目の当たりにし、実際に独立して会社に雇われない生活を手に入れた人と出会ったことで「本当に稼げるのか?」と心のどこかでブレーキをかけていた半信半疑とも別れを告げることが出来たんです。

思い返せばこのときに成功の大切な要素が詰まっていて、「軸を手にすること」そして、「軸を手に入れたあとフルコミットできたこと」。ビジネスで成功していく上で絶対的に必要なものを教われたことには感謝しかありません。

道しるべを知らぬまま疑問を持っているときの人間は弱いし、信じ切って本気になれた人間ほど馬力があるものはない。

そういえば高校球児の頃、「このピッチャーは絶対打てる」と思えた打席はほとんどが上手くいったことを思い出しました。もちろん、逆も然り。

 

奥底の想いに正直になれた瞬間

想いに正直な人

新しい基準値と、確かな未来への地図を手にした僕は、結果的にビジネス開始から4ヶ月で月商100万円を突破できるように。その数ヶ月後には当時、会社からもらっていた給与を上回る収益を手に入れられるようになりました。

つくづく自分の限界って勝手に決めているものだと感じますが、彼の話を聞いたあとはリサーチの数が3倍になったし、「何か売れるものはないか?」という日常生活でのアンテナの立て方も別物になりました。

意識改革から始まって行動が変わり始めると、小さな成功体験が増える。

ひと月に3万円が増えればいいと思ってのスタートだったにも関わらず、徐々に「独立して会社に雇われずに生きていきたい」という潜在意識が表面化してくるようになったのは、個人で収入を得ることができる歓びが想像を遥かに超えていたからだと思います。

自分が頑張った分がそのまま返ってくる、理不尽なしの世界。努力がしっかり報われることが嬉しかったし、ビジネスを通じて自分の存在価値を確認できる感覚はただただ楽しかった。

そんな世界が現実として存在していることを知ってしまった僕は、ネットビジネスに着手した約1年後に会社を退職して独立を果たし、組織に依存しない生き方をスタートさせました。

お正月やゴールデンウイーク・お盆など、それまで当たり前に出勤だった世間一般のイベントにも参加できるようになったとき初めて、「休みは平日が一番いい」と言っていた自分が、知らず知らずのうちに我慢していたんだと認識したことを記憶しています。

いつでも自分の好きなときに休みを取れる生活は思っていた以上に素晴らしくて、シフトの休日や天気ばかりを気にしていたのが嘘のように、大好きな高校野球を観るためにいつでも球場へ足を運べることには心から感激しました。

必死になって手に入れた肩書きでは得られなかったモノが、そこには確かに存在していたんです。

 

普通に生きていたら出来なかった宝物

宝物の仲間

物販ビジネスで得られるようになった収入は普通に生活をしていく上では十分なものでしたが、それと同時に「このままでいいんだろうか?」という、ぼんやりとした不安を感じるようになるまでにさほど時間はかかりませんでした。

結論から言うと僕は、「自信」が無かったんです。

それまでは必死になってただ全力でビジネスに取り組んできて、「独立」というひとつの目標も達成することができたものの、それだけでは今一つ満たされない感覚。

販売員として接客をしていた毎日が、突如としてほとんど誰とも会話をしない日々に変わり、仕入の際にレジで「2回でお願いします」とクレジットカードの決済方法だけ言葉を発するような日も普通にありました。

一人でできるビジネスに魅力を感じてスタートしたくせに、それが出来るようになったら今度は寂しさを感じるなんてゲンキンなものです(笑)

でも、「誰かに貢献したい」というとカッコつけている感じになるけど、自分が必要とされている感覚がほしいのは本来、人として当たり前の感情だと思うんです。

そんな想いが強くなった僕は、自分が起業するに至ったスキルを必要としてくれる人に向けて、コミュニティーを発足。当時の僕と同じような経済的不自由を抱えたサラリーマンや起業を目指す若者、少しでも家族の生活を良くしたい主婦の方などが集まり、多くの実績者を輩出することに成功しました。

そのときに何名もの人が言ってくれた言葉を、僕は一生忘れません。

「直哉さんのおかげで人生が変わりました!」
「直哉さんはわたしの恩人です!」

人目はばからずボロボロと涙を流しながら、そんな言葉をかけてもらえることに僕も熱いものがこみ上げてきたし、「こんな自分でも必要としてくれる人がいる」という気持ちは今もずっと、胸の奥に大切にしまってあります。

普通にあのまま生きていたら、涙しながら目を見て感謝の意を伝えられるなんていう経験は、たぶん一生なかったですから。

 

本物の肩書きをつくるために

旅に出る人

アパレル販売員時代、必至になって僕は肩書きを追い求めました。同窓会に出席したときに「百貨店で店長をやってる」と伝えたときの友人たちの反応は単純に心地よかったし、ハイブランドの名刺に「店長」という2文字と共に刻まれた自分の名前を顧客に渡す瞬間は誇らしくもあった。

23歳の頃から僕を守ってくれたのは間違いなくその地位だったように思います。

だから、その「肩書き」では幸せになれないと気付いたときには、あまりに残酷なその事実を受け入れられませんでした。わかっていながらずっと蓋をしていたし、それを失った自分に何が残るのかが不安だった。

今までの自分をたくさん否定して、名ばかりの名誉を追った自分を「クソくらえだ」と、心底恥ずかしく思ったこともあります。

でも、会社を設立したときに気付いたのは「社長」になれたことを素直に喜んでいる自分も悪くないなと。元々が自信満々なタイプではない自分だから、そういう小さな要素の積み重ねで自信をつけていっても良いと思いました。

そんな風に感じられたのは、ある1つの大きな「間違い」に気付けたから。

「肩書きは守ってくれない」とはよく言いますし、実際に自分も経験したのでこの言葉自体は間違いではないでしょう。ただ、それってあくまで「他人からもらった肩書き」の話。

誰かに与えられたものではなく「自分で創った肩書き」は、大いに自分を支えてくれるものです。決して一朝一夕では得られないそれは、自分が自信を持って人生を歩いていくための強大な武器になります。

僕は人生においてたくさん笑い、たくさん泣いて生きていきたいし、そうやって楽しい毎日を送る根幹には「自信」は不可欠だと思っています。自信喪失や自己嫌悪ばかりの日々で笑っていられるわけがない。

だから「自分の新しい肩書き」はこれからも磨いていきますし、仲間たちにもそんな楽しい人生を掴んでもらえるよう活動しています。

自信をもって笑って生きていける、そんなイキイキとした毎日をぜひあなたも!自分の人生を自分で創るべく、一歩ずつ歩いていきましょう。

 

組織に頼らず自分のチカラで収入をつくる
無料メールマガジンに登録する

 時間も収入も自分で決められる未来がほしい
 好きな人と好きなときに時間を共有できる生活に憧れる
 物販ビジネスですぐに口座の残高を増やしたい
 自分に唯一無二の肩書きを創りかっこいい生き方がしたい
 自由と安定を両立させて毎日心から笑っていたい…!

そんな自信に溢れた人生を創るための思考や、副業で単月30万円以上の利益を生み出した物販ノウハウなど最新の情報を無料のメールマガジンで配信しています。

僕がまったくのビジネス初心者から1年足らずで雇われない生き方を手に入れた道のりを読めば、あなたも自由で自信に満ち溢れた人生への道が拓けるはず。

個人としては異例のAmazonランキング1位を獲得した電子書籍も現在プレゼント中ですので、ぜひメルマガを購読してみてくださいね!

電子書籍Amazonランキング1位